給料が労働力の原価だという話は、した。
労働力とは人間の体力と精神力であって、その基礎となるものは起きてから休息するまでの働ける『時間』である、という話も、した。
ゆえに、体力、精神力、を込めた『時間』は商品であるという話も、した。
労働力=商品であると。
労働力以外に商品を持って、それを売っている人は働かなくても良い、という話も、したな、うん。した。
これが即ち『勤め人卒業』の世界だ。
労働力以外の商品を売って得たカネで、自分の体力や精神力を十分に回復させられる生活様式である。
働かなくて良い。会社も関係ない。自由な人である。
という事は、逆の面から考えると、自分の体力や精神力の回復にお金を多く必要としないタイプの人ならば、『勤め人卒業』のハードルは低いものになる。
つまり、生活の維持費が低い人である。
生活の維持費が低い人はそれだけ自由に近いと言う事だ。
⇒時間しか売るものがない勤め人が、「時間を買え」だなんて、論理が破綻している。
生活の維持費が低い人は自由に近い
生活の維持費が低い人。
これの究極の形は、野宿生活者であろう。
だが、野宿生活者は、豊かさと繁栄の象徴たる資本主義経済に組み込まれていないがゆえに、その恩寵に触れられない。
自由ではあるが、動物並みになってしまう。
やはり、何らか商品を持ち込んで、交換経済に参画するのが得策であろう。
ちなみに、東京の勤め人という人種が、総合的に言って、最も基礎生活費が高いと思う。
⇒起きて半畳、寝て一畳【住(家)にどれくらいお金をかけるか】
新築の家、車、結婚、が生活コストを押し上げる
東京の勤め人が最も基礎生活費が高いわけ。
それは新築の家、車、結婚、が生活コストを力強く押し上げるからだ。
基礎生活費が高いという事は、副業などで少々の商品を売ったところで、生活費を賄う水準まで達しない。
したがって、最も手っ取り早い商品、つまり自分の労働力を必死こいて売る生活様式にしがみつくようになる。
勤め人奴隷化のプロセスである。
これを防ぐためには生活費の高騰を防がねばならぬ。
まずは、家、車、女
この大所の三種を制する事が、基礎生活費を制し、ひいては自由への道を開くのである。
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