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時間しか売るものがない勤め人が、「時間を買え」だなんて、論理が破綻している。

自分の商品を持たず、労働力しか売るものが無い人のことを勤め人と言う。

労働力を回復させるためには、家に帰ってご飯を食べて、風呂入って身体を洗い、洗濯をして清潔な衣服を用意して、温暖な気温が保たれた自宅で寝て体力を養う必要がある。

 

生きていく中でストレス解消も必須であろう。気晴らしは大切だ。

心身が回復して、朝が来て、夜まで時間がある。これによってこの日働くことが出来る。
労働力の再生産と言う。(※めっちゃ大事なのでこれからも何度も耳タコで言い続ける所存)

賃金とはつまり、この労働力を再生産するために必要な経費のこと。

こう言った状況を総合して、勤め人とは自分の労働力しかお金に交換できる商品を持っていない存在だと言うのである。

そして、労働力の根幹となっているものは、時間。

今回は、勤め人にとっての「時間」の話だ。

今1000万円を貰うか、それとも10年に分けて毎年100万円ずつ貰うか。

 

労働力の交換、それは時間の交換

時間。

人の時間こそが、労働力の根幹なのであり、ひいては富の根幹である。

この資本主義の世の中は、労働力の交換で成り立っている。
それはつまり、高度な分業制度の下にある時間の交換。

東京の勤め人は、一粒の米も作ること無く、三食を食べられる。

これは、自分の勤め人の労働が、交換の対象になるからだ。

労働力を売って、食べ物と交換する。
衣服と交換する。
車を買う。
家賃を支払う。

この食べ物を作る人も、衣服を作る人も、車を作る人もまた、おのおのの労働力を売って、自分に不足している物を買い、資本主義のシステムに参加している。

すなわち、

「俺の時間を売るから、あなたの時間を買います」

この果てしない連鎖が、資本主義経済を形作っている訳である。

 

勤め人というシノギ。労働力は、サラリーマンが唯一お金に変換できる商品 

勤め人とは、時間の切り売りする存在

そして、労働力の価格の相場と言うものは、ある普遍のルールによって決まる。

労働力を回復させる必要経費、つまり原価で、おおよそ決る。
(再三の言及で申し訳ないが本項は復習の意味もある。)

すると勤め人という存在は、労働力を回復させる金を貰っては労働してくたびれ、くたびれては給料を遣ってこれを回復させ、を延々と繰り返して行くだけの機械だということになる。

何となく気付いている事だろうが、これで、勤め人とはすなわち時間の切り売りする存在だと理屈で説明が付いたかと思う。

売った時間で、食べ物作る人の時間とか、車作る人の時間を買って、命を維持している訳で、常にギリギリになってる。

 

【給料の決まり方】あなたの収入が低い理由 〜とある普遍の法則について〜 

勤め人の言う「時間を買え!」が滑稽な理由

どこかで、労働力再生産のループを断ち切らないといけない。

それには自分の商品を持つことだ。

自分の商品を作るには生産設備を持たねばならず、つまりタネ銭の蓄積が欠かせない。
労働力以外の商品を持たない限り、一生勤め人のままだ。

勤め人の言う「時間を買え!」が滑稽な理由は二つ。

一に、既に自分は経済と言うシステムの中で他人の時間(養分)になっている存在だと言う事。

二に、それが貴方の財布の金を狙う人のキャッチコピーにすぎないということ。

まずは自分の時間の切り売りを止められるようになる事が先訣である。

 

次回:時間しか売るものがない勤め人が、「時間を買え」だなんて、論理が破綻している。

 

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