
前回の続きにあたるのだが、ちょっと大切な事を書き忘れていたので補足から始める。
お金持ちになれない仕事は勤め人全般だ、と言う事を述べた。
じゃあ勤め人さえ辞めればお金持ちになれるのか?と言う問題である。
例えば、小型犬の服を作ると言う副業があったとする。
事業主たる自分が手ずから、一針一針心を込めてチクチクと手縫いして犬の服を仕上げる。おしゃれで可愛い小型犬の服は、ほとんど市販されていない希少品であるため、コアなファンがついて飛ぶように売れたとする。
勤め人辞めて、経済基盤は磐石と言えるであろうか?体力の限界で倒れたりしないか?
今回はその辺の話をする。
前回:【知識集約型ビジネスモデル】IT、マスメディア、スポーツ選手について解説。
独立しても、勤め人と同じ構造の人
例えば、フランチャイズでコンビニオーナーになる、と言う勤め人卒業のルートがあるとする。
自由にはなれるかもしれないが、果たしてお金持ちになれるのか?
例えば、ラーメン好きが嵩じて自分の理想のラーメンを作りたいと思い立ち、勤め人を辞めて自らラーメン屋になったとする。
お金持ちになれるだろうか?
いずれもやりようによっては間違いなくお金持ちになれる。
ペット服は購入者の心理満足が強烈に高い業態なので独自路線を貫けば凄まじい粗利が見込める商売だし、コンビニも立地条件その他を検討して複数店舗展開に成功するとオーナーは遊んで暮らせるかもしれないし、ラーメン屋は原価が小麦粉だからそもそも粗利率が高く、企画で一発当てれば一生遊べるだけのお金が短期間に手に入る、と言う。
だが、実際にコンビニオーナーの話を聴くと、バイトが集まらないからオーナー自ら深夜帯のシフトに入らないといけないとか言うし、ラーメン屋は開業2年で借金抱えて潰れるのが大半だし、と、あんまりお金が儲かる印象が無い。
なぜか?
結局は、自分の労働力を売って、衣食住その他の商品と交換すると言う意味では勤め人と同じ構造の中で暮らしているからである。
依然として、自分の労働力を商品としている世界の住人なのだ。そうである限り、ペット服屋もコンビニもラーメン屋もそうそう儲かりはしない。
⇒【原価積み上げ方式とマーケットメイク方式】勤め人と資本家の違い
好きなこと打ち込みたいならいい
労働力から富を生むビジネスモデルは、個人が考えたラーメン屋よりも大企業の方がよほど洗練されている。
ビジネスモデルの荒さを挽回して、なお人並み以上の暮らしをしようとすると、必ず長時間労働が付いて回る事になる。それってつまり、労働力の多売と言う、勤め人の強化モデルに過ぎない。
何のために独立したの?
と言う事になる。
この問いかけに、
「自分の手作りした犬の服で喜んで貰えるのが何より嬉しい」
とか、
「ラーメン作るのがたまらなく好きだから、最高の趣味」
とか、
「職場にうるせー上司が居ない事が最も大切だから、オーナーはやめられない」
とか、
胸を張って言えるならばそれは素晴らしい事だ。
どちらかと言うと僕もこっちの志向である。好きな事に打ち込みたい方だ。
⇒ライスのためにライフを捧げるのか?「好きなことを仕事にする」について
知識集約、労働集約、資本集約のいずれかを掛け合わせることでお金持ちになれる
しかしだ。上述のビジネスモデルたちに、或いはあなたが密かにやりたいと思っている事業に、以下のテンプレで修飾したらどうなるだろう?
元々の事業と、相性の良さそうなのを組み合わせを考える事が良いだろう。
例えば犬の服屋さんは、バイトで針子さんを雇って労働力を仕入れる事により、量産体制を整えるとか。要は労働集約型の要素を組み込むわけだ。
知識(情報)集約モデル、労働集約モデル、資本集約モデル、掛け合わせることで一気にお金持ちになれる扉が開いてくるのではないだろうか。
勤め人を養成する事が目的である義務教育では、これらのレバレッジの掛け方は注意深く教えないようにしているのである。
この世には、自分の労働力を売るモデルしか無い、よってお前らがお金持ちになれる可能性は無い、と教える。
話がずれたので、明日は修正して、労働集約型の話からかな。