労働力とは、人が朝起きて、
「今日も一日仕事だ!」
と言って、働きに行き、夜、
「疲れた~、腹減った~」
と言って帰宅するまでの物を指す。労働力とは、労働者の時間であり、体力であり、気力精神力を合した物のことである。
朝、HPフルの状態で1日が始まって、夜、HPゼロで終わる。
この労働力を次の朝までに回復させるには、食事と、睡眠が必要になるだろう。
ちょっとした気晴らしや、ストレス解消のための費用も必要になるかもしれない。
このHPに当たるものが、労働力で、労働者が売ってお金に変換できる商品は、唯一この労働力のみである。
激務の勤め人をやっていた頃は、とにかく金がなかった
激務の勤め人は、労働時間が長く、かつ睡眠時間が短い。
日々、体力が完全に回復しないまま勤めに行くことになる。
仕事で得るストレスも非常に大きい。
精神力を回復させるための気晴らしに、多くの費用を割かねばならぬろう。寝たら済むはずの労働力の回復に、余計なカネがかかる。
かつて激務の勤め人をやっていた頃、僕の場合の出費は飲み代だった。
毎日外食して、毎日酒を飲んでいた。
あまり好きでもない酒を飲んで、それでいつも金が無かった。
眠たいと思うたびにストレスだし、眠いのに意志力で仕事に行かないといけないのは非人間的な感じで実に精神を蝕んだ。
ホワイト企業に転職して給料は減ったが、貯金ができるようになった
転職をして、ゆるい仕事に変わった。あれだけ毎日飲んでいた酒が、ぱったり止んだ。
食事も、タンパク質重視にするため半分ぐらいは自炊するようになった。外で食べるのでも定食屋とか牛丼でじゅうぶんだった。
労働時間が少し短くなるだけで、ストレスは一気に減り、気晴らしに遣う予算もずいぶん変わった。
給料は減ったが、毎月、貯金できるようになった。
ようやく黒字になったのである。
勤め人の勤め人たるゆえんは、収支を考えないことである。
売り上げがあって、その売り上げを立てるためにどんな仕入れがあってどんな設備投資があって、その取引は成功なのか失敗なのか利益出せたのか損失を被ったのか、そういう考え方をしない。
給料が入ってくる。
その金を遣う。
それしか考えてない。
だから年収800万円だとか、1000万円だとか、高収入の仕事への憧れを抱いているし実際にチャンスがあれば就職してしまう。
そして、すげーきつい事になる。
これは若さゆえの過ちというものなので認めたくないものだが、僕も白状すると就活の土壇場で高給取りの世間体に釣られたのだ。
トレードしか取り柄の無いオタククズ学生が、一躍、名の通った高収入の会社に就職するという逆転物語に、虚栄心を刺激さなかったかと言われればされたのである。
愚かな事に、人生の岐路で、見栄を選んでしまったのだ。行き先は多くの先人たちがそうである通り、地獄だった。
⇒なぜ、副業をすると貯金が増えるのか?余った時間でアルバイトをするのもあり。
勤め人であろうと、全ての商売には仕入れがある
資本家がなぜ資本家で居続けられるか?というと、損な取引はしないからだ。
安く仕入れて高く売る、という基本の考えが染み付いてる。
勤め人は、売り上げだけ見ていて、全ての商売には仕入れがあるって事に全く無頓着なのである。
意地とかプライドを刺激すれば、損な取引でも構わずやるのが美徳ということになってる。勤め人の感性では、知恵を巡らし損得を考えるのは悪いやつ、というワンピース的な世界観が美しいのである。
あと勤め人の中でも最も搾取に無頓着な人種は、何かあったらすぐ泣く。
男でも中年でもめそめそとよく泣く。
勤め人も一つの商売だと考えると、自分の身体だけが労働力と言う商品を産んでくれる唯一の生産設備になるから、身体を痛めつける仕事はしてはならない。
損な取引はしない事、それが資本主義世界で行きていく処世術だ。
勤め人も立派な商売なのである。
勤め人も今後徐々にその形を変えて、社畜と言う飼い犬から、一個の商売へと変化していくだろう。
⇒働かないでいい人【原価積み上げ方式とマーケットメイク方式】勤め人と資本家の違い