一時間や二時間の残業は、「無いもの」として扱われている事例は決して珍しくない。
社員も文句を言わないやつばかり。
数時間残業した程度では、食費や生活費のコストは上がらない。
だから毎日の生活は可能となり、結果として数時間くらいの労働であれば、誰も文句を言わないのだ。
少しのサービス残業が与える生活への圧迫は軽い。
落とし穴である。
ではその時間を副業に充てるとどうなるか。
サービス残業で生活を賄えていたわけだから、副業で稼いだ分は、余剰金となる。
つまり貯金ができるってわけだ。
サービス残業は今すぐやめよう。
一番は副業でビジネスをすることだが、難しい人には難しい。
本業で残業代が出ないのなら、まずはタネ銭を貯めるために副業でアルバイトをするのも悪くない。
今回はそんなお話をする。
目次
毎日数時間のサビ残に対しては、みんな何も言わない
人間は、週5日、8時間労働した場合と、週5日、14時間労働をした場合とで、食べる量が極端に増えるのか?という話である。当然、極端には増えない。
寝る時間が増えるのか?と。服もたくさん買わないといけないのか?と。
そんな事は無い。
ストレス増は多少あるかもしれないが、生活コストとか肉体の維持にかかる経費は、労働時間にさほどまで正比例しはしない。労働時間を多少増やしても、生活コストはほぼ同じである。
ここが事業者の目の付け所なのである。
1日のうち、定時の8時間労働にサビ残を1時間加えるとかであれば、労働者はさまでの痛痒は感じない。寝る時間や休息時間への圧迫は軽い。
こうしてみんな、毎日数時間のサビ残に対しては、何も言わなくなるのだ。
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サービス残業が組み込まれたビジネスモデル
サービス残業。
この1時間なり2時間なりの労働を積み重ねると膨大な時間となる。
塵も積もれば山となるの伝である。
数千時間の積み重ねともなれば、余剰に生み出される商品の数は膨大で、その商品を売って現金に換えた金もまた巨大なものであろう。
大きなお金はそのまま資本家の懐に入る。余りにも美味しい商売である。
1日に1時間であったサービス残業は、2時間になり、3時間になり、増えて行く運命にある。
こうなるといよいよ労働者も生活が苦しくなる。
逃げ出すことも考えるが、貯えが無い。求職期間を食いつなげるかが不安になる。
そのギリギリのラインを見極めてサービス残業を課すのであろう。
ブラック飲食チェーンのカリスマ経営者たちは、こうやって財を築いたのである。
自分たちの事業を、美辞麗句を以って飾り立てるが、その内実は単なるサービス残業の搾取なのである。
労働集約型のビジネスモデルで成功する方法として、非常にシンプルで理想的な答えだ。
勤め人である自分も、立派な事業者なのだ
自分が、一人の事業者だと仮定してみるのである。
資産となるのは自分の身体だけだ。労働者には、自分の労働力以外に売る商品は無い。
しからば、自分にとって唯一無二の商品である労働力を、ロスなく販売し換金することが重要である。
本業の勤め人では、生活コストを賄うための仕事をする。給料なのだから最低限の衣食住を満たす金は出るだろう。
残業(給料ありの)を希望しても
「残業代は出ない」
と渋い顔をされるのであれば、きっちり定時で退社する。
残業代が出ない労働はしない。代わりにアルバイトをする。
事業者ならば、カネにならないのにダラダラと会社に残ってはいけない。ぼーっとしているだけで時間という大事な大事な自分の商品は摩耗してゆくのだ。
余剰の時間をやりくりして、まずはアルバイトをしよう。
生活コストは勤め人の給料で賄えるのだから、バイト代はピュアな余剰金である。
自分が親方となって、自分の肉体という従業員を、ブラック企業ばりに酷使するとお金が稼げるの道理である。
と言うか、資本主義の世界ではこうしないとお金貯まらないように出来てる。
なあに、今までのブラック労働だと生み出したお金は他人に吸い取られていたのが、きっちり自分のサイフに入るんだ。喜んで働くべきである。
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⇒時間しか売るものがない勤め人が、「時間を買え」だなんて、論理が破綻している。